![]() 西ドイツ製16mmムービーカメラ、Arriflex 16STです。 アマチュア用というよりは、ニュース、記録映画、短編映画などのプロ用カメラです。 映像プロダクションを営む義父から借り出してきました。 製造メーカーは"Arnold and Richter Cine Technik"。 1952年に最初のモデルが作られました。 Xylocopal's Photolog 2005/10/25 "Arriflex IIc with Angenieux 25-250mm F3.5"で紹介した35mmフィルム用アリフレックスのスケールダウンモデルで、16mmムービーカメラの代名詞となるぐらい世界中で使われたカメラです。 このカメラ、とにかく頑丈で故障知らずがウリでした。 プロが使う道具というのは、まず故障しないことが最優先で重視されます。 描写性能、多機能性より信頼性の方が現場では大切なんですね。 いついかなる場所でも必ず回る、仕事で使うカメラはこうでなくては怖くて使えません。 商業写真の現場では話が違うかもしれませんが、ことムービーカメラとなると、信頼性重視の考え方は今なお主流だと思います。 映画撮影現場には多くの出演者やスタッフが働いていますから、カメラトラブルで撮影が中断すると、多くの人に迷惑をかけ、多額の人件費が無駄になります。 映画撮影の予算というのは、人件費の比重が非常に高い世界ですから、御機嫌をうかがいながら回すようなカメラでは話にならないのです。 16mmカメラは35mmムービーカメラほど多くのスタッフを必要としませんが、機動性がある分、極限的シーンで使われることが多いです。 アリフレックス16STは、辺境ロケで特に重用されました。 NHKの初代シルクロード(1980~1984)でも主力機材として使われたようです。 Arriflex 16STはアルミダイキャスト製のずっしり重いカメラですが、もともとは手持ち撮影用カメラとして開発されたようで、サイズ自体は大変コンパクトなカメラです。全体のサイズは中判スチールカメラの大きなものとそれほど変わりません。とはいえ、左の写真のように、長尺マガジンと蛇腹フードを付け、三脚に乗せると、いっぱし本編映画撮影用カメラのような雰囲気にもなります。このカメラ、私にとっては思い出深いカメラです。1980年、大学卒業後に入社した映像制作会社の主力カメラがこれでした。会社には35mmムービーカメラやビデオカメラもありましたが、圧倒的にたくさんあったのがアリフレックスの16mmカメラでした。全部で10台程度のArriflex 16STがあったと記憶しています。当時は、ようやくTVニュース取材が16mmフィルムからビデオに切り替わりつつあった時代で、このカメラはまだまだTV局報道部などで盛んに使われていました。 個人的に思い出深いのは、PR映画、記録映画などの制作です。企業、官公庁の映像メディアが完全にビデオ化するのは1990年代のことで、1980年代は16mmフィルム制作がけっこうたくさんありました。「ダムのできるまで」、「下水処理場のできるまで」、「遺跡発掘調査」‥‥、こんな記録映画をアリフレックス16STで撮っていました。 その一方、「七宝焼」、「伊勢型紙」、「八丁味噌」など、地元の伝統産業紹介映画もよく作りました。私はこうした仕事が好きでした。 このカメラを見ていると、飛騨高山の民家の黒光りする囲炉裏端で、一位一刀彫りの紹介映画を作っていた若い頃の記憶が鮮やかによみがえります。 私は、脚本&演出担当のディレクターであり、カメラは回さないはずだったのですが、まったく回さなかったわけでもありません。 リハーサルがきかないイベント撮影などで、どうしても2台カメラがほしいとき、しかも、予算の都合でカメラマンをもう一人出すことはできないとき、そうしたとき、カメラ機材だけ余分に持って行き、現場で私がカメラを回すということがあったのです。 もちろん、重要なシーンではなく、会場のロング撮影などに限定されます。 フィルム装填やシャッター開角度調整など事前準備は担当カメラマンがやってくれます。 絞り値も事前に担当カメラマンから聞いておきます。 私がやることは、フレーミングを決めて、レリーズを押すだけ。 つまり、リモコンよりは少しマシ程度のカメラマンでした。 とはいえ、ディレクターとしては予算上撮れないはずのカットが撮れて嬉しいし、もとよりカメラは好きだったので、セカンドカメラは楽しくて仕方がありませんでした。 アリフレックス16STの外観を特徴づけるターレット式レンズです。ズームレンズが実用的でなかった時代、素早く焦点距離を変えて撮影するには、複数のレンズをターレットに取り付け、ガッチャンガッチャン回すこの方法が一般的でした。"装甲騎兵ボトムズのアレといえば分かる人もいるかもしれません。アリフレックス16STマウントのレンズには西ドイツ・シュナイダー製やカール・ツァイス製のものがありました。このカメラは義父のものですが、レンズは3本とも西独Schneider Kreuznach製が付いています。その内訳は下記のとおり。 Arriflex Cine Xenon 16mm/F2 Arriflex Cine Xenon 25mm/F1.4 Arriflex Cine Xenon 50mm/F2 広角から望遠まで、と書きたいところですが、実は標準から望遠までです。16mmカメラの標準レンズ画角(対角45度)というのは15mmぐらいなんですね。ですから、この3本のレンズの守備範囲は、135判スチールカメラ換算で50mm、75mm、150mmぐらいになります。 広角側がまるで足らないと思われるかもしれませんが、実際にはCarl Zeiss Distagon 8mm、10mmといったあたりが広角レンズとして使われていました。8mmなら24mm相当、10mmなら30mm相当ですから、たしかに広角レンズのパースペクティブを持っていました。 私の時代は、ターレット式レンズの時代は終わり、ズームレンズの時代になっていました。単焦点レンズとして使ったのは、上記広角レンズ8mm、10mmだけでした。ズームレンズはフランス製のアンジェニュー10倍ズームがアリフレックス16STの標準レンズでした。 ![]() P.Angenieux Paris Angenieux-Zoom Type 10-12B 12-120mm/F2.2です。 135判換算35-350mmぐらいになります。 いかに撮像面積の狭い16mmカメラといえど、この時代にズーム比10倍というのはたいしたものだったと思います。 アンジェニューのズームレンズはアリフレックスにとってはデフォルトともいうべきレンズで、仕事で一番使ったレンズは、ダントツでアンジェニューでした。 Carl Zeiss Distagonもときどき使いましたが、作品の90%はこのズームレンズで撮影していたような記憶があります。 そんなわけで、私にとって"Angenieux"という名前から連想するのはスチール写真用レンズではなく、映画用ズームレンズの方です。 このレンズ、鏡胴に彫り込まれた"P.Angenieux Paris"の文字が映画の国・フランスをしのばせ、なかなか良い雰囲気です。 アンジェニューの創設者にして設計者、ピエール・アンジェニューは、映画産業に貢献した功績多大ということから、1989年、アカデミー賞のゴードン・E・ソーヤー賞を受賞しています。 オスカーを受賞したレンズ設計者は、P.アンジェニューの他、イギリスのG・H・クークぐらいしか知りません。 ![]() 横から見たアリフレックス16STです。 このカメラ、機構的には一眼レフであり、レンズから入った光は回転ミラーを通してフィルム面とファインダーに分光されるようになっています。 カメラが回っていない状態でファインダーを覗くと、少し黄ばんだ普通の一眼レフ同様の視野が広がりますが、回った状態で覗くと、まったく別世界が広がります。 どう違うのかというと、凄まじいフリッカーだらけの世界が広がるのです。 16mm映画は1秒に24コマがスタンダードなコマ数です。 そのため、1秒間に24回、回転ミラーが分光を行います。 その結果、ファインダー内では1秒に24回のフリッカーとなって見えるというわけです。 これ、ものすごく見づらいですよ。 日中屋外であれば、F11程度には絞っていますから、とにかく視野は真っ暗です。 その上にフリッカー、というわけで、慣れていないと何が写っているのかさえ分かりません。 もちろん、フォーカスなんてほとんど分かりません。 16mm映画は通常スクリーンに拡大投射して上映されますから、フォーカスはシビアです。 ムービーカメラマンってのはすごいものだな、と思うのはこういうときです。 カメラ左側、フィルム室開閉レバーの下に、シャッターレリーズボタンがあります。カメラをホールドしたときに、ちょうど左手人差し指が当たる位置にあり、人間光学的に使いやすいカメラです。このレリーズボタン、1回押せばロックがかかるようになっています。ロック解除は前方にあるレバーで行います。フィルム室開閉レバーをひねると、フィルム室カバーが外れます。 このカバー、ファインダーと一体となっています。 ![]() フィルム室です。 16mmフィルム100feetが入るようになっています。 100feetというフィルム長は、一般的な24コマ/sec.で回した場合、166.7秒、つまり3分弱撮影できる長さです。 あまり長い時間とはいえず、どのタイミングでフィルムチェンジをするべきか悩むのは、銀塩時代のスチールカメラマンと同じです。 そのため、長尺マガジンが用意されており、長回しをする際には、あらかじめ400feetマガジンなどを装着して撮影しました。 フィルム装填は暗室装填が原則です。 16mmフィルムはカートリッジなどに入っているわけではなく、スプールに巻いてあるだけの剥き出し状態ですから、明るい場所で装填すると確実にカブります。 そのため、暗室がない場所でフィルムチェンジを行う際には"ダークバッグ"が必須になります。 カメラマンはダークバッグにカメラとフィルムと両手を入れ、まったく手探りだけで、フィルムゲートにフィルムを通します。 フィルムゲートにきちんとフィルムが入っていないと、カメラを回したときに噛んだりするので、熟練の技術が必要になります。 もちろん、私はようやりません。^^ Arriflex 16STの後ろ姿です。カメラ右下には円筒状のフィルム駆動モーターが付いています。この円筒部分を回すと回転数が変わります。普通は24コマ/sec.ですが、スローモーションの場合は倍速、つまり48コマ/sec.で回したりします。 モーターは簡単に交換でき、メンテナンスなどの他、より精度の高いモーターや高回転数のモーターなどに変更することも可能です。電源は8~9Vの外部積層バッテリーを使います。 このカメラ、実はサイレントカメラではありません。モーターが回ると「ガラガラガラ‥‥」と猛烈な音を発します。音声収録を同時にしていると、必ずこの音が録音されてしまいます。 2002年、小泉総理訪朝のニュースの中で、久しぶりにこの音を聞きました。小泉総理と金正日が何か話し始めるたびにガラガラガラという音が聞こえたのです。その音を聞いたとき、「かの国では報道用ムービーカメラがまだ現役なんだなあ」と思いました。 そんなわけで、インタビューものやセリフのある映画の場合には、"Arriflex 16BL"、"Arriflex 16SR"などのサイレントカメラを使う必要がありました。 16mmムービーカメラでサウンド収録をするには大きく分けて2つの方法があります。ひとつは磁性体を塗布したフィルムを使い、直接サウンド収録する方法。これはニュース取材などのリバーサルフィルムでよく用いられた方法です。運用は簡単でしたが音質はあまりよくなく、何よりもフィルムを切って編集するとサウンドトラックも分断され、オリジナルサウンドテープが残らない欠点がありました。 もうひとつは、サウンドは1/4inch幅のオープンリールテープレコーダーで別途収録するという方法。 アリフレックスはこちらの方法です。 映像と音声を完全に分けて収録するため、音質に優れ、オリジナル収録テープが手元に残る利点があります。 予算やスケジュールに余裕があるドキュメンタリー映画やPR映画、劇映画ではこちらの方法が主流です。 映像と音声を別々に収録する方法では、その同期が問題となります。 リップシンクロがとれていないと、つまりセリフと唇の動きが同期していないと非常に不自然な映像になりますから。 そのため、収録時には"カチンコ"が使われました。 カメラとテープレコーダーが回ると同時にカチンコの拍子木部分をカチンと鳴らし、これをスタートマークにして、編集時に音声と映像の同期を取るのです。 カチンコを打つのは助監督の役目である場合が多いのですが、必ず1コマだけ拍子木が当たっている技術を要求されます。 もっさりカチンコを打つと、2~3コマにわたり拍子木が当たった絵が撮れてしまい、スタートマークの意味をなさなくなりますから。 正確に1コマ分のカチンコを打つ技術の習得が助監督としての最初の試練となります。 モーターの上のメーターはフィルムゲージ、つまり何フィート回ったかを示すメーターです。このメーター、カメラマン本人よりディレクターの方が見やすい位置に付いています。イベント取材などで、これから肝心なセレモニーがあるのに、残フィルム数が30feetぐらいになっているのを見つけると冷汗がたらたら出たりしたものです。 フィルムゲージの上の円形メーターはフィルム速度メーターです。1秒あたりのコマ数を表示します。16mm映画の標準的なコマ数は24コマ/sec.ですから、"24"のところに赤線が引いてあります。ここが50コマ/sec.などになっているとスローモーション撮影になり、16コマ/sec.などになっていると、コマ落とし撮影(大昔の活動写真のようなせわしない動き)になります。スローモーションといっても、倍速程度ではあまりスローになった感じはしませんが。 モーター回転数は簡単に変えることができるため、移動中などに勝手に変わることも多かったです。そのため、いちいち露出計で測らないカメラマンでも、このメーターだけは頻繁にチェックしていました。 Arriflex 16STは、私が20~30代を共に過ごしたカメラです。 直接操作する機会はほとんどなかったものの、仕事でロケに行くときは、いつもそばにありました。 春の安曇野、夏の伊勢志摩の離島、秋の信州秘湯、冬の南アルプス‥‥、 重機うごめく地下トンネルの底、建設中の原子力発電所の炉心、寒風吹きすさぶ空撮ヘリのシート‥‥、 ロケの際には、いつもアリフレックスがありました。 このカメラを担いで、山登り、峠越えをしたことも何回もあります。 そうした中で思ったのは、つくづく丈夫なカメラだな、ということに尽きます。 私の経験上、現場でトラブルに遭遇したことは皆無です。 いつも必ず回ってくれました。 ディレクターとして、これほど心強いカメラはありませんでした。 アリフレックス16ST‥‥、 私にとって、一番心に残るムービーカメラです。 [蛇足] こうしたエントリを書くと、「きしろは元プロ写真家だったのか?」と誤解される人がときどきいますが、全然そんなことはありません。 私の本職は、演出/ディレクターと呼ばれるジャンルで、脚本を書いたり、現場でディレクションをしたり、映像を編集したりすることでした。 画角や撮影ポジションを指示することはあっても、断じてカメラマンなどではありませんでした。 ムービーカメラマンというのは1秒間24回のフリッカーの嵐の中で確実にフォーカスを合わせ、露出を決め、シャッターチャンスをものにする大変な職業だと思います。 加えて、時間軸が存在する映像作品と、一瞬を記録に残す写真では、同じ光学的記録であっても質的にかなり違いがあります。 映像作品では、複数のカットを編集することが必須で、どのような順番でカットを繋ぐか?が表現上の要であるのに対し、スチール写真は1枚だけでも存在しえます。 組写真という表現方法もありますが、映像作品の絶対的時間軸とは少し違います。 組写真がランダムアクセスメディアだとすれば、時間軸を強制できる映像作品はシークェンシャルアクセスのメディアです。 さらに、映像作品の多くは、サウンド(音楽、ナレーション、セリフ)が付随し、それらを効果的に使うことで、映像の力をさらに強化することが可能です。 それに対し、スチール写真はあくまでも平面画像だけの勝負です。 どっぷり映像の世界に浸っていた私にとって、スチール写真の世界はまったく別世界といってもよいものです。 このPhotologにUPしているような写真と、仕事で撮っていた映像作品とでは、内容的な質も根本的に異なります。 仕事で撮っていた映像は、ほとんどが「誰かに何かを説明し納得してもらうためのもの」であって、分かりやすいことが最優先条件でした。 「説明のための写真」と「表現のための写真」とでは丸っきりベクトルが違います。 お金をもらうための仕事では、散文的な映像にならざるをえない場合が多いですが、給料やギャラが関係ないパーソナルな写真であれば、何をどのように撮ろうと自由です。 ですから、こうした写真の世界において、私はあくまでもズブシロ、アマチュアなのです。
by xylocopal2
| 2008-01-04 14:47
| Hardware
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