![]() このプラスチックの塊のようなカメラは"KMZ Zenit 122"、ロシア製のM42マウント一眼レフです。 Bessaflex TM亡き今、新品で買えるM42マウント一眼レフは、"Zenit 122"、"Zenit 312M"、"Zenit 412DX"、"Zenit 412LS"などZenitシリーズだけになりました。 ゼニットシリーズの製造元は、モスクワ近郊のクラスノゴルスクに本拠を置く"KMZ"。 KMZとは、"Красногорский Механический Завод"の頭文字をとったもの、英語表記では"Krasnogorsk Mechanical Factory"、日本語に訳すと、"クラスノゴルスク機械工場"ということになります。 クラスノゴルスク機械工場‥‥。 重工業にあらざるは工業にあらず、重工業至上主義のお国ぶりが窺い知れる、壮大にして無骨な名前です。 火力発電所用タービン製造工場の裏手で、函型クレーンと大型旋盤を駆使して、カメラやレンズを作っているようなイメージでしょうか。 断じて、小綺麗なクリーンルームなどではなく、切削オイルの香り漂う、西日の差し込む薄暗い工場で造られたカメラのイメージです。 旧ソ連時代、KMZは、親方カマトンカチの国営企業、ソ連を代表する光学機器メーカーでした。 軍事大国ソ連のことですから、KMZも軍事用光学機器、航空宇宙光学機器の比率が高いメーカーでした。 1959年に打ち上げられた月探査衛星"ルナ3号"が初めて撮影に成功した月の裏側の写真は、KMZ製のカメラ"AFA-E1"によるものでした。 KMZのウェブサイト、社史のページには、誇らしげにそう書かれています。 ちなみに、ZENITというのは、旧ソ連/ロシアの"スパイ衛星"の名前でもありました。 ZENIT衛星は"ボストーク宇宙船"の派生型です。 人間の代わりに全自動撮影システムをカプセルに乗せたもので、ミッション終了後にはカプセルを地上降下させフィルムを回収する仕組みになっていました。 軍事偵察用途の他、民生用途にもこの衛星は使われました。 資源探査衛星"Resurs Fシリーズ"というのがそれです。 リモートセンシング用途に向いた高解像度カメラが搭載されていました。 ロシアという国は、つくづく物持ちの良い国だと思います。 ゼニット衛星やリサルス衛星の仲間である科学実験衛星"Foton-M3"は21世紀の現在もなお現役なのですから。 ボストーク1号がガガーリンを乗せて宇宙に旅立ったのが1961年ですから、以来50年にわたって、ボストークカプセルが使われ続けていることになります。 ともあれ、宇宙機搭載用カメラを作るKMZは、戦前の日本光学、東京光学以上の国策光学企業だったわけです。 ZENITを使う際、"ソビエト連邦国歌"ほど似合うBGMはありません。 "インターナショナル"でも良いですが、大国らしい荘重さはソビエト連邦国歌の方が上です。 ZENITを構える際には、苦虫を噛みつぶしたような表情で、「♪サユーズ ネルシームイ‥‥」と口ずさむのがかっこいいと思います。 構える場所は、何といっても冬の荒野が似合います。 耳当て付の毛皮帽、分厚いコート、ブーツ、ウォッカのポケットボトル、そんな格好で荒野にたたずむと似合うカメラです。 私の師匠にして、怪著"ソビエトカメラ党宣言"の著者・中村陸雄氏は、クラスノゴルスク機械工場という言葉の響きが気に入り、日本市場で発売の際はは"倉科権助(くらしなごんすけ)機械工場"と呼んだらどうか?と書いていましたが、あいにくと一般には受け入れられなかったようです。 良い名前だと思うんだがなあ、倉科権助機械工場。 中村師匠は、クラスノゴルスクのKMZ本社まで、メトロとバスを乗り継いで出かけ、産直の"Horizon 202"を買ってきた人物でもあります。 KMZに着き、通された場所は、うら寂れた中学校の教室のようなところだったそうです。 その事務室には、コンピュータが一台もなかったそうです。つい、6~7年前の話ですよ。 「ホリゾン一丁おくれ!」、「あいよっ!」というやりとりを期待して行ったら、何枚も伝票を書かされた上、パスポートまで要求され、とても新品には見えないホリゾン202が出てきたそうです。 そのKMZが製造する135判一眼レフがZENITシリーズで、1952年の誕生以来、様々なタイプが作られてきました。 ZENITの元となったのは"Zorki"。 言わずと知れた、パチモン・バルナックライカです。 ゾルキiにミラーを入れ、ペンタプリズムを乗せたのが、Zenitの始まりでした。 初代ゼニット以来、基本構造はほとんど変わっていないといいますから、このZenit 122もバルナックライカの機構を残しているものと思われます。 改良を続けながら、50年以上の長きにわたってひとつの製品を作り続けるのはソ連~ロシアのお家芸です。 小はゼニットから、大はボストークカプセル/ソユーズロケットまで、実に息が長く、ほとほと感心します。 せっかちな日本人は少しは見習った方がいいのかもしれません。 ![]() MADE IN RUSSIAと記されていますから、1991年のソ連崩壊以降に製造されたカメラであることが分かります。シリアルナンバーによると、どうやら1993年製のようです。 よく聞くのが、ロシアになってからのカメラの品質は旧ソ連時代より悪い、という話です。旧ソ連時代でも、冷戦最中の1960年代~1970年代のカメラは最も品質が良いといいます。一番質が悪いのが、ソ連崩壊直後のものだとか。このカメラ、1993年製ですから、たしかにあまり出来はよくありません。 一応、原産国表記は英語になっていますから、輸出用カメラのはずですが、作りは非常に悪いです。ボトムプレートは波を打ち、射出成形のレベルはかなりひどいです。他の部分もバリが残っていたり、接合部に段差があったりで、非常に粗雑な仕上げといった印象です。日本あたりだと出荷検査をパスできないグレードです。 全体の印象は、トイカメラそのもの。 LOMO LC-AやHOLGAに通じる部分があります。 持ってみると、裏蓋がベコベコし、いかにも光線漏れを起こしそうです。 とてもまともな写りは期待できそうもない外観なのですが、撮ってみると意外にも普通に写ります。 このあたりが、ロシアンカメラの不可思議さ、奥深さです。
ゴツく大柄なボディに見えますが、元々がゾルキですから、それほど大きくはありません。 背の高さはありますが、横幅はPentax SPII程度です。 重量も、どちらかといえば軽量です。 とはいっても、小型軽量コンパクトな、といった印象のカメラではないです。 小さく凝縮された機能の塊、といった感じにならないのは、ひとえに作りの悪さゆえです。 「持つ喜び」などとはまったく無縁のカメラです。 ![]() 種も仕掛けもないプレーンなM42マウントです。 開放測光のためのギミックなど何もありませんから、相性問題を考える必要はなさそうです。 ZENITのミラーは伝統的に小さいのですが、このカメラのミラーも小さいです。 ファインダー視野率も小さく、90%は絶対になく、せいぜい85%ぐらいじゃないかと思います。 ファインダー自体は意外にも見やすく、フォーカスも合わせやすいのですが。 ![]() いかにもプラスチッキーなトッププレートです。 プラスチッキーではありますが、軍艦部という古典的な名前を感じさせる部分もあります。 シャッタースピードダイヤルやレリーズボタンの配置、段差のあるトッププレートの様子など、バルナックライカの血脈を感じます。 シャッタースピードは、6種類しかありません。 6種類しかありませんが、ISO100フィルム、日中戸外であれば、不自由はしないシャッタースピードです。 ISO400フィルムで、ピーカンの下、絞り開放で使いたい、という方は別のカメラを選んだ方が幸せになれます。 ![]() このカメラ、絞り込み測光なのですが、絞り込みスイッチの類はありません。シャッターボタンを半分ほど押すと、絞り込まれるようになっています。その状態で露出を測り、さらに押し込むとシャッターが切れる仕組みになっています。 半押し状態から全押し状態までのストロークは長く、手ブレを起こしてしまいそうです。現代のカメラの半押しとはまったくフィーリングが異なります。時々、半押しのつもりが、押しすぎてしまい、シャッターが落ちてしまうことがあります。 シャッターレリーズボタンの前にある四角いボタンは、リバースクラッチ解除&フィルムカウンター0復帰ボタンです。ソ連~ロシア製カメラのリバースクラッチ解除ボタンは、このあたりに付いているものが多いです。中には、レリーズボタンを押しながら、巻き戻しクランクを回すものもあります。 ![]() 裏蓋を開けたところです。 このカメラ、プラスチッキーなのは外側だけで、中身は金属シャーシが入っています。 そのため、フィルムガイドなども金属製です。 同時代の"Canon EOS100 QD"あたりでは、フィルムガイドまでエンジニアリングプラスチック製になっています。 ファインダーを覗くと、右下の方に露出計表示部があります。 上から、赤、緑、赤の3点LEDです。 オーバー、適正、アンダーを示します。 このLED、非常に見にくいです。 LEDの輝度が低く、ファインダーに高輝度なものが写っていると、ほとんど読み取り不可能になります。 私はこの露出計の値は信用せず、自分の体感露出を優先することにしています。 ![]() 使用法ですが、まず、ダイヤルをグリグリ回して、セルフタイマーのバネをチャージします。フルチャージになると、赤表示になっているインジケーターが緑に変わります。これが、セルフタイマースタンバイの合図です。インジケーター上の四角いボタンを押すと、セルフタイマーが動き出します。 ![]() 丸っこい形をした、MC Zenitar M2s 50mm F2です。 4群6枚のダブルガウスタイプといわれています。 ソ連~ロシアのカメラは、カメラ本体は箸にも棒にもかからない、ジャンクに近いものばかりだとよくいわれますが、レンズはなかなか使えるという評価が多いです。 このカメラの場合も、まさしくそのとおりで、このレンズ、なかなか優秀でした。 そこそこシャープでありながら、ボケも柔らかく綺麗です。 最短撮影距離は35cmと短く、使い勝手はとてもいいです。 発色は、非常に濃厚で印象的です。 LOMO LC-Aあたりと通じるものがありますね。 ![]() KMZ ZENIT 122 / MC Zenitar M2s 50mm F2 Konica Minolta Centuria Super 100 / EPSON GT-X750 ![]() KMZ ZENIT 122 / MC Zenitar M2s 50mm F2 Konica Minolta Centuria Super 100 / EPSON GT-X750 ![]() Canon EOS 30D / MC Zenitar M2s 50mm F2 ![]() Canon EOS 30D / MC Zenitar M2s 50mm F2 ZENIT 122、面白いカメラです。 買うな、とは言いません。 ロシア製カメラの奥深い情緒を体験するには絶好のカメラですから。 ある意味、唯物論的カメラといえるかもしれません。 崩壊してしまったCOMECON的工業製品の血脈を現代に伝える貴重な存在です。 カメラなんて写真が撮れれば充分だ、という割り切りができる人にはお勧めです。
by xylocopal2
| 2007-06-26 22:31
| Hardware
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