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2007年 03月 13日 鉈薬師(医王堂)

















名古屋市千種区振甫町にて
 Asahi Pentax SPII
 Carl Zeiss Jena Flektogon 35mm F2.8
 Voigtländer Color-Ultron 50mm F1.8
 Konica Minolta Centuria Super 100
 EPSON GT-X750


昨日に続いて、名古屋市千種区振甫町の医王堂、別名鉈薬師です。
昨日上げたのは山門、今日上げた建物が狭い意味での鉈薬師です。
この堂内に、本尊の薬師仏をはじめ、いくつもの円空仏がおまつりされています。
円空仏は写真に撮ると素晴らしい被写体になるのですが、残念ながら毎月21日の御開帳の時でも撮影禁止です。

20年ほど前、この堂内の円空による日光月光菩薩像、十二神将像を撮影したことがあります。
スチールではなくビデオでしたが。
当時、私は名古屋テレビの歴史番組「歴史ウォッチング」の担当ディレクターで、この堂を作った明の帰化人・張振甫をテーマとした番組を作っていたのです。
張振甫の子孫の方にインタビューをしたり、なかなか面白い番組になりました。
そのときの記憶をたぐってみると、ここのお堂にお祀りされている円空像は特級レベルばかりだったと覚えています。





左側の不細工な男は、歴史ウォッチング取材中の30歳頃の私です。
1987年頃の撮影だと思います。
番宣写真を撮るついでに、スチールカメラマンが撮ってくれました。

写っているビデオカメラは、SONY BVP-330。
当時、池上通信機HL-79Dとタメを張ったENGカメラです。
この時代は、まだまだヒモ付で、カメラの後ろには直径10mm程度のケーブルが付き、収録用VTRに繋がれていました。
収録用VTRは、SONY BVU-50。再生機能のない収録専用機です。
弁当箱サイズの3/4インチUマチックビデオカセットを使う、重量10kg近いVTRでした。
レンズはFUJINON 14倍ズーム、三脚は旧タイプのVINTENですね。

BVP-330は3管式撮像管のアナログビデオカメラでした。
撮像管の名前のとおり、個体撮像素子ではなく、サチコン、プランビコンなどと呼ばれる真空管が3本入っていました。
画質は良かったのですが、調整がなかなか大変でした。
放送用ビデオカメラが個体撮像素子に変わったのは、1990年代初頭でした。
デジタルに変わったのは、私が映像業界から離れた1990年代終わり頃だと思います。

自分の機材でいうと、この番組から、シナリオ作成にワープロを使い始めました。
NEC文豪Mini7。
MS-DOSもどきのOSが走る、HDDレス、フロッピー運用のワープロ専用機でした。
手書きよりキーボードの方が文章が書きやすくなって、早20年というわけです。
文豪Mini7はここらへんに写っています。
by xylocopal2 | 2007-03-13 20:58 | Old Buildings
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