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2006年 08月 12日 Tessar on my mind



Canon EOS 30D / Tamron SP AF90mm F2.8 Di Macro
ISO100, Av -1.3EV, F5.6, 1/5sec. WB:Manual


テッサーというレンズがあります。
Carl Zeiss Tessar。
1902年、ドイツはカールツァイス財団のパウル・ルドルフ博士によって開発された三群四枚のレンズです。

上は、1950年代の東独製フォールディングカメラ、VEB Welta Welti Icに付いているテッサーです。
Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8 T。
VEBURというのは、VEB PENTACON謹製のシャッターの名前です。
西側のカメラであれば、COMPUR RAPIDなどを使うところです。
外から見て、レンズ鏡胴に見える部分の大半はシャッターユニットになっています。
レンズそのものは、中央のガラス部分だけです。

テッサーの構造は非常にシンプルです。
左図のように、4枚のレンズを凸凹凹凸の順に並べ、三群目を凹凸の貼り合わせとしてあります。
オリジナルテッサーでは、絞りの位置は、二群目と三群目の間にあります。
左図はコンテンポラリーなF2.8-3.5クラステッサーの構成図ですが、初期のテッサーはもっと前玉が大きく、開放F値6.3と暗いものでした。
その後の地道な改良により、F4.5、F3.5、F2.8と、テッサーは次第に明るくなっていきました。

テッサーの描写力は、誕生当時の20世紀初頭としては出色のものでした。
1902年といえば、明治35年。
日清戦争が終わり、日露戦争勃発直前の時代です。
テッサーの登場によって、ようやく安価でまともに写るカメラが実現された、といわれます。
少なからぬ貴重な歴史的瞬間がテッサーによって撮られたことは事実であり、テッサーは20世紀を記録し続けたレンズであるといっても過言ではありません。

テッサーの人気は非常に高く、1920年、テッサーの特許が切れると、レンズメーカーはこぞって、テッサーのコピーを作り始めました。
シュナイダー・クスナー、ローデンシュトック・イザール、フォクトレンダー・スコパーetc.
これらはすべてテッサーコピー、テッサークローンと呼ばれるレンズです。
絞りの位置を変えたり、エレメントの位置を変えたりしたものは変形テッサーと呼ばれ、コダック・エクター、アグファ・ゾリナー、ライツ・エルマー、シュタインハイル・クルミナーなど何種類ものヴァリエーションが作られました。

テッサーの実力は、発明以来一世紀が経た今なお一線級です。
開放F値F2.8-3.5クラスの画角45度前後の標準レンズであれば、テッサータイプを凌ぐものは現れていないとさえいわれています。
ニコンのパンケーキレンズ、Ai Nikkor 45mm F2.8Pなども典型的なテッサータイプレンズです。

テッサーを設計した科学者、パウル・ルドルフ博士の写真がツァイス財団のウェブサイトにあります。
テッサーばかりでなく、ダブルガウス型レンズの元祖・プラナーも開発した人物です。
何とも自信と威厳に満ちた表情です。
たしかに、「ドイツの科学は世界一ィィィ!」と言えた時代を生きた科学者に違いありません。






Welta Welti / Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8
Kodak Gold 100, Scanned with EPSON GT-X750

うちにあるテッサーの中で最も古いもので撮った写真です。
このテッサーは、Welta Welti Early Model Type Aについているもので、シリアルナンバーから察するに、1934-1935年に製造されたものと思われます。
コントラストは眠く、柔らかすぎるぐらいのトーンですが、精細感はあります。
左上のあたり、かなりフレアを拾っています。
何しろ戦前のノンコーティングレンズですから、かなり深いフードを付けないとキリッとしません。
この時代のレンズは、深めのフードを付けるか、しっかりとハレ切りをしないと、どうしてもフレアっぽくなります。






Zeiss Ikon Contessa 35 / Zeiss Opton Tessar 45mm F2.8
Kodak Gold 100, Scanned with EPSON GT-X750


Zeiss Ikon Contessa 35に付いていたオプトンテッサーで撮った写真です。
1950年代初頭のレンズですが、現代のレンズと比べても負けないほどの高コントラストです。
テッサー=大胆に中間調を省略したトーン、という風評は、この時代の西ドイツ製オプトンテッサーの描写から生まれたものと思われます。
もちろん、ツァイス独自のTコーティング付。スターこそありませんが、赤いT文字が誇らしげに刻印されています。
シャープネスもカミソリのごとく凄まじく、ちょっと絞ればカリンカリン。
このレンズで人物を撮るのはちょっとなぁ、と思わせるものでした。
オプトンテッサーというのは、東西分断のため、Carl Zeissを名乗れなかった時代の西独製テッサーのことですが、テッサーとしては鬼子的存在のような気がします。






Certo Super Dollina II / Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8
Fujifilm Superia 100, Scanned with EPSON GT-X750


ここからは、Certo Super Dollina IIに付いていたテッサーによる写真です。
東独製テッサーですが、オプトンテッサーほど尖ったところがなく、戦前ツァイスの雰囲気を良く残したバランス重視の描写です。
何を撮っても破綻がなく、安心して使えるレンズでした。
惜しむらくはレンジファインダー用のため最短撮影距離が1mとまったく寄れず、この作例ぐらいが限界でした。
同時代のテッサーでも、M42マウント用やエキザクタマウント用のテッサーは35cmぐらいまで寄れます。





Certo Super Dollina II / Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8
Fujifilm Superia 100, Scanned with EPSON GT-X750


このレンズは1950年代の製品ですが、この時代の東ドイツ製工業製品の製造レベルというのは、かなりバラツキがあるようです。
良いものに当たれば、さすがはドイツの科学!と唸るほどの写りですが、そういうことは実は少ないです。
全体としては、安かろう悪かろう、粗製濫造、消費者のことなど知ったことか、社会主義は世界一ィィィ!起て飢えたる者よ!プロレタリアート万歳!といったものでした。
この時代の東独製テッサーはいくつも使ったことがありますが、中にはきちんと無限遠が出ないものすらありました。
東ドイツ製光学製品を使う際には、旧ソビエト連邦製光学製品を使うのと同等の諦念が必要じゃないか?と思ったりします。





Certo Super Dollina II / Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8
Fujifilm Superia 100, Scanned with EPSON GT-X750


東独製テッサーで撮った宴会スナップです。
5~6年前に撮ったもので、旧ソビエト連邦製光学機器がいかにタコであるかを論じているところです。
後ろの方でアウトフォーカスしているむさくるしい連中はさておき、ピントの合っている部分はなかなかシャープです。
また、西独製オプトンテッサーでは省略されがちな中間調のグラデーションが綺麗です。
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by xylocopal2 | 2006-08-12 22:05 | Hardware
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